沖縄県病害虫防除技術センター
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ウリミバエの侵入防止事業

ウリミバエ根絶計画


 ウリミバエは大正8年(1919年)に八重山群島で発見されて以来、下図のように分布域を拡大してきました。ウリミバエの被害は農作物を直接加害することだけでなく、このハエの発生地域である沖縄県から未発生地域である本土への寄主植物(ウリ類など)の移動が法律で禁止または制限されているという目に見えない大きな被害があります。これを解決するためには農作物の被害をいかに減らすのではなく、このハエを1匹残らず根絶することが必要となります。ところが農薬散布による方法では根絶することが不可能ですので「不妊虫放飼法」という手法が用いられました。

 沖縄県では昭和47年(1972年)10月より久米島において本種の根絶実験事業を開始し、昭和53年(1978年)9月に根絶に成功しました。この成果をふまえて沖縄県全域でのウリミバエ根絶防除に向けての施設の建設が昭和55年度(1980年度)から開始され、昭和57年度(1982年度)には大量増殖施設(飼育設備週3千万頭規模)が完成し、不妊化施設が昭和58年度(1983年度)に完成しました。そこで昭和59年(1984年)8月からは新しい放飼法(冷却放飼)による不妊虫放飼が宮古群島において開始されました。一方、沖縄群島防除に向けて昭和59年度(1984年度)から増殖施設の飼育機械等設備の増設工事を開始し、昭和61年度(1986年度)には週1億頭規模の施設が完成しました。そこで昭和61年(1986年)11月から沖縄群島においても不妊虫放飼を開始しました。なお、宮古群島では昭和62年(1987年)11月、沖縄群島では平成2年(1990年)11月、八重山郡島では平成5年(1993年)10月にそれぞれ根絶を達成し、沖縄県からウリミバエを一掃しました。
ウリミバエの分布域の拡大と防除