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石森秀三(いしもり しゅうぞう)
プロフィール

 1945年神戸生まれ。甲南大学経済学部卒業。ニュージーランド国立オークランド大学院に留学後、京都大学人文科学研究所研究員などを経て、現在は国立民族学博物館教授および国立総合研究大学院大学教授を併任。放送大学客員教授。観光文明学専攻。観光政策審議会専門委員(運輸省)などを歴任。1969年以来、ミクロネシア、東南アジア、ヨーロッパ、中央アメリカ、カリブ海、などで文化人類学的研究に従事。近年、観光現象をグローバルな視点で総合的に研究をするプロジェクトを推進。また、日本各地で観光による地域活性化の調査を実施。 著書に第2回大平正芳記念賞受賞の「危険コスモロジーーーミクロネシアの神々と人間」(福武書店)、「博物館概論」(放送大学教育振興会)など。編著書に「観光の20世紀」(ドメス出版)、「観光と音楽」(東京書籍)、「南太平洋の文化遺産」(千里文化財団)、「Tourism」 (National Museum of Ethnology)など。そのほか、論文多数。


 世界的にいま、エコツーリズムが注目されています。自然の恵みや歴史、文化をじっくりと味わいたい人々に、秩序ある形でその機会を提供するとともに、自然環境や野生生物の保護と地域住民の幸せな生活を両立させていくシステムがエコツーリズムです。それは「持続可能な観光(Sustainable Tourism)」として認められ、21世紀型観光を代表するものとみなされています。
世界的には、すでに1980年代からエコツーリズムが試みられています。たとえば、エクアドルのガラパゴス諸島、オーストラリアのグレート・バリアリーフ、米国のイエローストーン国立公園、カナダのカナディアン・ロッキー国立公園などの世界遺産登録地でも、秩序ある形でエコツーリズムが盛んに行われています。


 日本でも、1990年代に入ってから、沖縄県をはじめ各地でエコツーリズムが試みられるようになりました。とくに、亜熱帯の豊かな自然林、日本最大のマングローブ林、サンゴ礁などに恵まれ、イリオモテヤマネコやカンムリワシに代表される多様で独特な動植物が生息する西表島では、1996年にエコツーリズム協会が設立され、エコツーリズムの振興が図られてきました。自然を熟知したガイドの案内で、西表島の自然環境と野生生物をじっくりと味わうことのできるコースがいくつも設定されています。
 沖縄本島北部の「やんばる(山原)」と呼ばれる地域でも、近年、エコツーリズムが盛んになっています。そこでは緑豊かな森が広がり、ヤンバルクイナ、ノグチゲラ、ヤンバルテナガコガネなど多様多種な生命が息づいています。まさに、生物多様性を象徴する地域ということができます。
 また、西表島ややんばるに代表される沖縄では、イノーの海でのイザリ漁、山での薪とりやイノシシ猟、川でのタナガー採り。集落周辺では農作業などの暮らしが営まれてきました。集落に足を運ぶと、美しいフクギ並木やサンゴの石積みで囲まれた屋敷、そして集落を守っている御嶽(ウタキ)など、人々が自然と向きい合いながら暮らしてきた生活の知恵を見ることができます。
 沖縄の島々では、いまでもカミガミが自然のなかに息づいています。西表島の節祭、やんばるのウンジャミやシヌグに代表される沖縄の祭礼では、山から海までの自然のつながりが一体としてとらえられています。カミガミは自然からの恵みを人間に与えてくれる存在として、感謝と畏敬の念をもって島人たちに迎えられます。
 沖縄は大昔に、大陸や日本と陸続きになったり離れたり、さらには陸地の隆起と沈降が繰り返され、複雑な地形を持つ山がちな島や、隆起珊瑚礁の平らな島が数多くできあがりました。現在の沖縄は熱帯から温帯へ移りゆく亜熱帯性気候のもとで、島ごとに異なる自然環境が形成されています。沖縄はかつて、東南アジアや大陸、日本の間を行き交う人々の交差点となりました。まさに、沖縄は長らく、「文明のクロスロード」として重要な役割を果たしてきたのです。そのために、沖縄の島々では、島ごとに異なる独特の文化が育まれ、また、大陸や日本と離れているために、独自の文化が今も色濃く残されています。
沖縄のエコツーリズムの魅力は、島ごとに変化に富んだ自然環境と、そこに暮らす人々の自然との関わりの中で育まれた歴史や文化を追体験できることです。さらに、なにものでも気持ちよく受け入れてくれる島の人々のやさしさと「島の心」にふれることによって、自らの人生を考え直すことができることも大きな魅力です。



与那覇岳は昭和初期まで人が暮らしていた。豊富な森林資源を利用した木炭燒窯の跡を見学。


地元・国頭村、読谷村からもサポーターが駆けつけた。エコツアーのネットワークも着々と広がりをみせている。


背が真っ黒でお腹がオレンジ色のシリケンイモリは山の水たまりでのんびりと暮らしている。


オヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギなどが観察でき、遊歩道もあるので、のんびりと散策できる。


カヌーを漕いで川を登る。川からの視線は、自然との一体感を生み、植物と山並みに自然の素晴らしさや生命力を感じさせる。

国立民族学博物館教授 石森 秀三

 やんばるエコツアーに参加するために、大阪から空路、那覇に到着。那覇空港は新ターミナルビルをオープンさせており、日本の南の玄関口にふさわしい空港になっています。
 那覇から車で一路、沖縄本島北部のやんばる地域に向かいました。私が「やんばる」という地名を初めて知ったのは、1981年のことでした。それは、ヤンバルクイナと名づけられた飛べない鳥が沖縄本島で発見された、という新聞のトップニュースを読んだ時のことでした。ヤンバルクイナはニュージーランドの国鳥であるキィウィと同じ系統の飛べない鳥ということがわかり、とても親しみを感じました。私は、30年ほど前にニュージーランドに留学していましたので、国鳥のキィウィに親しみを抱いていたからです。
 国頭村(くにがみそん)のホテルに1泊した後に、やんばる自然館の森林インストラクターである上野和昌さんの案内で、沖縄本島で最高峰の与那覇岳(よなはだけ)に登ることになりました。奥間林道を歩いて登りましたが、この林道はかつて木材を運びだす道として使われました。やんばる地域は年間の降雨量が3000ミリもあるので、林道はすぐにぬかるんでしまいます。そこで、村の人々は川から石を運びあげて、道に敷きつめました。かつての村人の苦労が偲ばれる石畳の道です。
 上空に米軍のヘリコプターが2機飛来した時に、突然、「キッキッキッ・・・」という甲高いヤンバルクイナの声が聞こえました。ヤンバルクイナは夜行性なので、出会えることはないと思っていましたが、偶然にもその声が聞こえたのは幸運でした。
 やんばるの森は「鳥の宝庫」です。キツツキ科のノグチゲラの巣はいたるところで見かけましたし、ヤマガラやヒヨドリやカラスバトなどの鳥の歌声を聞くことができます。また、ツアーの途中では、アカヒゲという小鳥が1メートル近くまで来て歓迎してくれました。と思ったのは、勘違いで、私が鳥の巣に近づいたので警告を発しているとのことでした。
 やんばるの森には、スダジイやオキナワウラジロガシの林が広がっています。亜熱帯気候で雨量が多いために、シダ植物も多く見られます。ここでは、日本本土の暖温帯に見られる植物とフィリピンやマレーシアなどの熱帯に見られる植物の両方が混在しています。カンヒサクラも満開でした。2月に桜見をしたのは、生まれて初めての経験でした。サクラツツジも 満開です。
 やんばるの森は「芸術の森」でもあります。小鳥たちのシンフォニー、一枚の絵のような美しい花々、木々の枝や根のフォルム(形態)が生みだす現代美術など、芸術の要素に満ちています。やんばるエコツアーでは、自然の草花を用いて芸術作品を作る「芸術家になろう」というプログラムも好評を博しています。
 今回のツアーでは、 500年前に尚円が琉球王になる前に伊是名島を追われて、逃避行を続けていた時に一夜を過ごしたといわれる場所も訪れました。さらに、80年ほど前に人が住んでいたといわれる遺跡や炭焼き跡など も見学しました。
 標高 503メートルの与那覇岳の山頂に向かう山道を登っていく時には、ハブに気をつけるように何度も注意されました。ヒメハブやアカマタなどに襲われないように足下に注意しながら登って行きました。結局、ハブには一度も出会いませんでしたが、そのような緊張感がエコツアーの気分を高めます。
 与那覇岳の山頂から垣間見た「やんばるの森」は、まさにブロッコリーが密集したような森でした。ツアーに参加するまでは、もっと人里離れた原生林を想像していましたが、意外に人が容易に入れる森であるにもかかわらず、多様な動植物に恵まれていることに驚きました。昔から人間の手が加わっていながら、生物多様性(biodiversity)が確保されている「やんばるの森」は世界自然遺産に値する地域であるということを実感できました。
 ついで、東村を訪れました。ここでは、エコツーリズム協会会長の中根忍さんの案内で、慶佐次(げさし)集落を訪れました。集落の入口では、ムラシーサーが迎えてくれました。これは、山から来る魔物を防ぐ役割を果たす村の守護神です。集落を流れる慶佐次川は河口が湾になっており、沖縄本島では最大規模のマングローブ林が広がっています。このマングローブ林は、 1972年に国の天然記念物に指定されています。
 早速、カヌーに乗って、川をさかのぼります。上流に進むにつれて、岸辺の植物がメヒルギからヤエヤマヒルギ、オヒルギへと変化していきます。河口近くの干潟では、ミナミトビハゼやシオマネキなどが観察できます。この河口の豊かなマングローブ林は、数多くの生き物を育んでいます。中根さんの話では、集落の人々はこの河口で魚やカニやエビを取ったり、マングローブの幹を取ってきて、ゴーヤー(にがうり)やヘチマを育てる棚を作るそうです。
 神戸に住む私は、マングローブのことを何も知りませんでしたが、今回のツアーでマングローブが多くの生き物を育んでおり、地域の人々にも多くの恵みを与えていることを理解できました。慶佐次におけるエコツアーは環境教育という面でも、重要な役割を果たしています。



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