沖縄の文化や歴史をユニークな視点でお届けする新シリーズがスタートします。
前回は世界遺産登録に向けその評価が高 まっている沖縄の『城』(ぐすく)に焦点を当ててきましたが、今シリ ーズでは沖縄の独特な風土や歴史の中で培われてきた染め織り 物や陶器などに代表される「沖縄の色と形」をご紹介します。
シリーズの内容は、
●第1回:沖縄の染め織り/沖縄本島編。
●第2回:沖縄の染め織り/離島編
●第3回:沖縄の器/陶器編
●第4回:沖縄の器/漆器・ガラス編
を予定しています。
ぜひ、沖縄独自の色彩とその形をお楽しみいただきたいと思います。


 沖縄の伝統的な陶器は、荒焼(あらやき)、あるいは南蛮と呼ばれる無釉(むゆう)の焼締め陶器と、釉薬のかかった上焼(じょうやき)に大別できる。前者は甕、壺など、後者は主に日用雑器で、琉球王国内の自給用として焼かれた。「単純、素朴」と言われる所以である。



荒焼



 荒焼は、琉球王国が東南アジアと盛んに貿易を展開していた15〜16世紀に、酒の容器として輸入された南蛮甕の製法に学んだものである。読谷村喜名が発祥の地とされる。保存容器に適しており、籾や大豆、味噌などの食料品の他、泡盛の貯蔵になくてはならないものであった。荒焼の甕、壺は、戦前まで沖縄の陶器生産の主流であったが、太平洋戦争後は生活様式の変化により需要が激減した。
 

 上焼は、薩摩侵入(1609年)後間もない1616年に、薩摩から三人の朝鮮陶工を招いたことにより始まったとされる。当時、薩摩をはじめ日本の諸大名は、朝鮮出兵の際に朝鮮陶工を、それぞれ自分の領地に連れ帰り、窯を築かせていた。来琉した三人の朝鮮陶工の一人、張一六(別名を張献功・ちょうけんこう、和名を仲地麗進・なかちれいしん)は、帰国せずにそのまま那覇の湧田に住みついた。



 
壷屋登りがま
   


 朝鮮陶工により沖縄に根づいた上焼の技法は、その後、平田典通により飛躍を遂げる。17世紀後半に王命で中国に渡り、陶芸を学んだ平田は自ら首里城正殿の龍頭瓦や天目碗を焼き、上焼を日用雑器から工芸品へと高めた。今日、沖縄の陶器の中でもっとも上手物とされる赤絵の技法も平田により伝えられたとされる。18世紀前半には、仲村渠致元が薩摩に渡って薩摩焼の製陶法を学び、帰国した。
 琉球王国時代の陶器は、他の伝統工芸品と同様に、東南アジア、朝鮮、中国、日本の影響を受けつつ、釉薬の製造法や図柄などに独特の技法と美を生み出した。
 平田典通の帰国後、琉球王府は陶業振興政策の一環として、当時開窯していた知花(沖縄市)、湧田(那覇市)、宝口(同)の窯を壺屋(同)に統合した。以来壺屋は沖縄の陶器の一大産地として発展し、壺屋焼は沖縄の陶器の代名詞ともなった。 太平洋戦争後、戦火で廃墟と化した那覇市の復興の狼煙は、壺屋の窯の火であったが、一帯の宅地化が進むと、伝統的な登り窯は煙害を生じるとして使用を制約されるようになった。そのため、窯を移転する陶工が相次ぎ、沖縄各地に窯の火が焚かれるようになった。 現在、壺屋の窯元の数は15で、沖縄県全体では100を超える窯がある。
 
 
カラカラ
 
抱瓶
 
 
ユシ瓶
 
ジーシガーミ
 



 沖縄の伝統的な陶器は、単純な形に大胆な絵付けが施され、全体におおらかな雰囲気を持つ。近年、食・住生活の多様化を反映してさまざまな製品がつくられているが、伝統的な上焼に、あらマカイ(大ぶりの碗)、カラカラ(泡盛用の酒器)、抱瓶(携帯用の酒器)、ユシ瓶(祝事の際、祝儀として酒を入れて贈ったもの)などの食器、酒器の他、ジーシガーミ(骨甕)がある。 陶土は製品によって使い分けられ、成形は左回転の足蹴りロクロで行う。伝統的な釉薬は灰釉、飴釉、緑釉、黒釉、呉須などで、化粧掛けをして半乾きのときにヘラ描き、釘彫り、指描きなどで唐草文、人物、魚、海老などを描く。壺屋の陶工たちは、最終段階の窯焼きの火入れの際に、御酒と花米と塩を供えて、「生まらしみしようれ」と祈り、窯出しのことを「生まれる」と表現する。今日、沖縄各地で、伝統の技法の上に陶工たちの創意工夫が加えられた、新しい沖縄の陶器が「生まれている」。

※「生まらしみしようれ」…「無事に生まれさせてください」の意であるが、ここでは陶器が無事に焼きあがってくれることを願う言葉として使われている。

     
●シリーズ沖縄の色と形:染めと織り〈沖縄本島編〉
●シリーズ沖縄の色と形:染めと織り〈離島編〉


沖縄の文化や歴史をユニークな視点で紹介する連載企画のバックナンバーです。
世界遺産登録に向けて、その歴史的価値が改めて話題になっている沖縄の城(ぐすく)や史跡を紹介しています。

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