「まちと村の交流を通じた農村の活性化と行政の役割について」
平成14年12月9日(月)午後2時30分〜午後4時
八汐荘2階大ホール
コーディネーター
 玉沖 仁美((株)リクルート支局長兼地域活性部マネージャー)
パネリスト
 (1) 津嘉山千代 (下地町、農家民宿経営)
 (2) 伊野波 盛明 (本部町、伊豆味地区の地域興し実践者)
 (3) 金城 清郎 (南風原町、地域興しマスター)



玉 沖:コーディネーターを務めさせていただく株式会社リクルートの玉沖と申します。よろしくお願いいたします。今日は3人のパネラーの皆さんと、先ほどまでチムドンドンしていると言いながらこの日の準備をさせていただいて参りました。
 パネリストの3人の皆様ともどもここから座って説明させていただきますので、よろしくお願いします。

コーディネーター

たまおき  ひとみ
玉沖 仁美

(株)リクルート沖縄支局長
兼地域活性部マネージャー

私、実は沖縄に来て、まだ2年7ヶ月しか経っていないんですけれども、その前に日本全国10年くらいウロウロと各県でいろんなお仕事をさせていただいて参りましたので、今日ご指名頂いたのかなと思っております。3人のパネリストの皆さんについては、もう会場の皆様の方がよくご存じの有名人の皆様でいらっしゃいます。私も実はご縁がある皆様で、非常に今日喜んでおります。
津嘉山さんは私が沖縄に着任する前にわざわざ あの有名な「おいシーサー」までお食事を食べに行かせていただいた津嘉山さんでしたし、伊野波 さんにつきましては、沖縄に着任した時に、ある本土の大学の先生から沖縄のグリーン・ツーリズムを視察したいということで、お伺いさせていただいて2年程前にお会いさせていただいておりました。金城さんは私が着任したと同時に、沖縄県にマイスター第1号が誕生されたというお話をお聞かせいただいて、お会いさせていただいたのはつい最近なのですが、ずいぶん前からもうお名前とそのご活動を聞かせていただいておりました。皆さんももしかしたら、有名人でお名前は存じているのだけれども、具体的なお話は今日が初めてとか、前にお伺いさせていただいたことがあるんだけれども最新情報は最近聞いてないなという方が多いんじゃないかと思いますので、今日は具体的に今まで地域で実践されてきたことや最近のトピックスをお聞かせいただきたいと思っています。
 早速なんですけれども津嘉山さんから日頃、実践されておられることや活動をお聞かせいただきたいと思います。最後に私からもいろいろお聞かせいただきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。

パネリスト

つかやま  ちよ
津嘉山 千代

農家民宿
「津嘉山荘」 経営者

お客は民宿にぬくもりをもとめている

津嘉山:皆さん、こんにちは。下地町與那覇に住んでいる津嘉山です。今、下地町は人口3,326人で、8集落からできています。民宿は7件あります。私が、農家民宿に取り組んだのは平成6年です。きっかけは、平成2年度に町の奨励するパパイヤの栽培を始めましたけれど、当時パパイヤは五反の畑にたわわに実って道ゆく人を大変楽しませてくれました。息子の大学資金もこれで大丈夫。そう、思った矢先の事。出荷を三日後に控え台風がもろに襲って五反の畑はパパイヤの海になりました。
 その時考えたのが、二人の子供を大学に行かせるのに農業だけではやっていけないんじゃないかというのが私の考えでした。私の所には納屋がいっぱいありまして、納屋を利用して民宿をしようと思ったのが初めです。主人は幸い大工ですから、主人が納屋を改造して、民宿にしてくれました。
 自家製の無農薬栽培した野菜を食べていただくという目的で、農家民宿という名前をつけました。お客さんも少ないもんですから、さとうきびを植える時期にいらっしゃるお客さんは一緒にさとうきびを植えに連れて行く、収穫時期はまた一緒に収穫をするというような、もう本当に家族と同様に民宿のお客さんと行動しました。夜になると主人と一緒に追い込み漁に行って捕ってきたお魚を焼いて泡盛と一緒に三線を聞きながら一家団らん、農家民宿で過ごすというような事から始まってきました。
 しかし、だんだんとお客さんも増えてなかなかお客さんと一緒にお話をする機会もなくなった時に、お手紙が来るようになって初めて気が付いたんですけれども、私は台所に入ってしまうもんですから、「今度の旅行は、おばちゃんとお話ができなかったのがさびしかった」という手紙がどんどん来ると「お話」も仕事の一つなのかなと思い、ヘルパーを2人お願いしまして、今まで後片づけをしていた仕事は全部ヘルパーさんにお願いすることにしました。夕食後皆さんと一緒に一家団らんで楽しんでいるうちに、やっぱりこれがいいなと気が付いたんですけども都会の人達の息づまりは、農家のぬくもりを求めていらっしゃっているんだなということも宿泊をやっている中で勉強していくことができました。今は、体験といたしましてはプカラス体験農場という看板を掲げてあるんですけれども、そこで植えた野菜を栽培して送ってあげるということです。受け取ったお客さんのとても喜んでいるお手紙を頂くと、又それが力になり、頑張るというようなこの頃です。私は人・自然・食ということで、自分で分けてみたんですけれども、宮古島、自然はそのままでいいんじゃないかなと思ったりもします。私の民宿はさとうきびの真ん中です。さとうきびが揺れるのを見て、お客さんが喜んだり、今日は海草取りに行こうというとき、雨が降っているので「裸足で行きましょう」というと、とても感動するんですね。「裸足で行くんだ!」といって、とても感動して行くんです。今はヤギが2頭いましてヤギに草をあげるのもとても楽しみの一つのようです。
 私は「食」がリピーターを呼ぶといったらおかしいんですが、食のリピーターがまず多いということも強みになってきたんじゃないかとこう思うんですよね。来年の1月、2月、3月からは、オリンピックの選手達が合宿にいらっしゃいます。オリンピックの選手の皆さんが、「練習は誰でも同じようにする。でも最後に残るのは、食だけだ」ということをお話していました。
 又、東京では今「塾」というのが流行っていまして、その塾生が30人から40人程私の方にいらっしゃる
んですけど、塾生たちは、学校の先生でありながら、指導する事の出来ない先生、お医者さんでありながら診察することのできないお医者さん学校へ行けない登校拒否を起こしている生徒さん達が来ます。 刺青を入れた方もいらっしゃるんですけど、私自身、25年間少年院でそろばんを教えていたという強みが、役に立っているんではないかと思っております。3日位は食事に手を全然付けてくれないんですけれども、4日位からは食事に手を付けてくれます。1週間なると本当に元気になって帰るんですね。その時に最高のプレゼントを私に残して帰っててくれるんですけれども、「おばちゃんの食事は美味しかった。又来る。」その美味しいという一言は私の元気の源じゃないかとこう思っています。元気になっていくお客さん達を見て、アトピーを治して帰るお客さんを見て、宮古の「食」と「風」は人を癒す、呼びつける力を持っているんじゃないかなとまた思ったりします。
 しかし、とても高級なホテルから私の民宿にいらっしゃる方が、汚らしいと言ったりするんですね。そしてもっといい部屋はないんですかと私に尋ねるんですけど、「いいえ、ここがもっとも上等な部屋でしかもここには、鍵がありません」というと、又びっくりするんですね。鍵のない民宿かとびっくりされますが、でも、私はそういうお客さんでも帰りは絶対満足して帰ってもらう、帰っていただくという自信があります。それは、「食」じゃないかと思うんですね。私は、お客さんが最後には本当に喜んで帰って頂くのは、「食」の力じゃないかなと思っています。
 津嘉山荘は一つの皆さんの「結びの宿」ということになっていまして、お見合いをやって帰ったりするんですね。1週間前もお見合いをやった方が結婚式をしまして、そういうとても楽しいユニークな民宿です。
 高校でもグリーン・ツーリズムというのがとても盛んになっていまして、「宮古高校、宮古の観光を考える」ということで、津嘉山荘を紹介していただきまして、大変評判で優秀賞を頂いたそうです。全国農協「ふれあい」は体験豆腐作りを載せていただきまして、一昨年は「コーラルウェイ」に載せていただきました。
 皆さんのお手元のパンフレットに載っているんですけれども今年は「青空」という飛行機の機内誌に載せていただきまして、宣伝料はとても助かっています。青空のスチュワーデス達が3月から毎日3名ずつ食事にいらっしゃっていただけるんですね。とても美味しいというもんですから、そんなに美味しいければもっと喜ばそうということで、油みそを作ってお土産に持たすようにしましたら、また、それがうけまして、何かそれを目当てにしているなと思ったりもしています。
 私は何でも手作りがとても大好きなもんですから、味噌もドレッシングもたれも全部手作りなんです。
 遠いキビ畑の民宿、宮古島内で遠いということはないんですけども、キビ畑の民宿まで乗せてきてくれた、タクシーの運転手さんには、大きなおにぎりを作ってあげるのですが、「ありがとうございました」の一言が私大好きなんです。そして民宿から帰る時には、大きなおにぎりを作ってお土産に持たせたり、小さなパックを準備して、それに油みそを作って持たすというようなことをしてます。
 体験民宿ってこんなに楽しいものかと私もとても充実した毎日を過ごさせていただいてますけれども、もちろん経済的にも豊かになりました。それ以上に、全国の皆さんとのふれあいが私の大きな財産です。宮古島まで、みんな旬のお菓子・果物を送ってくれたり、こういうお菓子が出来たよと送ってくれたりするんですね。

グループで起こす特産品作り

津嘉山:私は暇をみて、特産品作りもしていますので、食卓に特産作りの商品を出して食べていただくと必ずその食べていただいた特産品はお土産に買っていただいたり、電話やFAXで注文がくるもんですからとても販路拡大になっているんじゃないかと思ったりしています。
 とても大きな仕事が舞い込んでも生活研究会という仲間がいるので、ちっとも心配はしません。今年で4年目になりますが、100キロマラソンの500人の食材は、私達生活研究会のメンバーで作るんです。100キロマラソンの前夜祭に出すんですね。農業改良普及センターの方達がいて、教えてくださる。又どういうお仕事でもグループの皆さんで一緒にするということは、とても心強いことだと思っています。

玉 沖:はい、津嘉山さん。まだ津嘉山さんにお聞きしたいことがたくさんございますので、ちょっとネタを取っておいてくださいね。津嘉山さんに1つだけ教えていただきたいんですけど、津嘉山さんの所では年間何人の方がお泊まりにこられていますか。

津嘉山:約800名位のお客さんがいらっしゃってるんじゃないかなと思っています。

玉 沖:はい、ありがとうございます。沖縄の離島で年間800名の方が泊まりに来られる農家民宿のお話をお聞かせいただきました。津嘉山さんには、この後まだもう少し詳しくお聞きしたいと思いますので、次に伊野波さんのお話を聞かせていただきたいと思います。伊野波さんはパワーポイントを使ってお聞かせいただけることになっています。もし見えにくい方がいましたら、どうぞご自由に席を移動していただければと思います。
 では、伊野波さんご準備よろしいですか。

パネリスト

いのは  せいめい
伊野波 盛明

本部町伊豆味区区長
(地域交流実践者)

伊豆味は自然豊かな「みかんの里」

伊野波:ただいまご紹介いただきました伊豆味の伊野波と申します。ちょっと聞き慣れない名前かもしれませんが、古典音楽にあります「のは節」の“ぬぅーは”でございますので、お見知りおきのほどお願いいたします。伊豆味は、周囲が山に囲まれまして、八重岳、嘉津宇岳、北側の方には乙羽岳、300メートルあまりの山々に囲まれて、中は起伏に富んだ本当に片田舎の伊豆味でございます。伊豆味の方では自然やこうした谷間を利用した、喫茶店が10軒程ございます。この喫茶店は、情報の交換場所、情報を得る場所として今、大変皆さんから親しまれているところでございます。この下の方は、3、4月になりますとインパチェンスが自生いたしまして、大変これまたピンクの色やらかれこれで、来るお客さんを和ましているところで、伊豆味の農道のいたる所にこういったようなインパチェンスが咲き誇っています。
 伊豆味は、30年程前からみかん狩りを取り入れまして、今みかんといえば伊豆味、伊豆味といえばみかん狩りといったように、大変その名も津々浦々まで行き通って伊豆味の風物詩一つでございます。10月の初め頃の「カーブチー」から始まりまして、1月のタンカン狩りまでをマスコミの方が大変、取り上げていただくんで、私達も大変助かっています。どうぞ又、来る1月には、タンカン狩りをオープンしながらみかん祭りをと考えていますので、どうぞ皆さんおいで下さいませ。

「花と緑、蝶の舞う里作り」

伊野波:そういった中で、平成7年からグリーン・ツーリズム「花と・緑・蝶の舞う里づくり」をテーマに「かたやびらなわした島 伊豆味」と銘うって小学生から中学生そして婦人会、伊豆味農村を立ち上げていただいた方々に思い思いの意見を述べていただきまして、大変活発な交換会ができました。これをきっかけに、この伊豆味の村を作っていくのにはどうした方がいいか、ということで進めて現在に至っているところでございます。
 研究会を立ち上げる話し合いをし、そして一つの一区でございますので区長、書記、評議委員会等がありましてその下には任意の農業団体組織、そういうのがございます。特に、農興会、ちょっと年輩で80歳近い方々が集まる農耕会、それから農生会、農志会、柑橘研究グループ、加工班、その他、いろいろとありまして、そのメンバーが立ち上げて今度は伊豆味村づくり推進協議会を発足しております。
 このほうは、平成10年に立ちあげた村づくりの計画を平成14年度まで年度別に、そして月別にずっと計画を立てて、この計画に従ってやってまいりました。計画よりも実践の方が多い所もございます。学校の行事、あるいは区の行事、そういうのを全部網羅いたしまして、仮に豊年祭ですと4ヵ年に一回豊年祭がございますが幼稚園生から小学校、そして学校の先生方組員全部が参加して行うものでございます。
 平成10年の時点で、平成14年には第一回のあじさい祭りをやろうと計画いたしまして実践して参りました。おかげさまで、本年5月には約2ヶ月の開催期間でのべ4万人程のお客さんがお見えになって伊豆味をにぎわしてくれました。
 ありがとうございました。
 そして今、又、伊豆味の方では「伊豆味ウォーク」と言いまして、沖縄歩け歩けの協会の皆さんと共催いたしまして、年に一回、コースを3つ作りまして、歩け歩けをしているわけなんです。一番長いコースで12q、また、短いのが8qと、ただ歩くんじゃなく、歩きながら伊豆味区内をクリーンしてちょうだいとお願いして空き缶、ビニール、その他のものを拾いながら片づけながら途中途中にちりかごを置いて、後でPTAの皆さんがこれを回収すると、そして帰りには伊豆味特産のみかん、シークワーサージュース、その他、ムーチーグヮーかれこれと、どうぞお土産に買っていって下さいということです。最初は遠慮してほんの少し準備しておりましたが、最初の50名くらいでそれを全部買っていただけました。次からはということでずいぶんにぎやかになっています。
 それからメダカの放流ですが、学校の運動場近くの方にこんこんと湧き出る湧水がございます。これは今までU字溝を通って川の中に流れ込んでおりましたが、PTA会長が、それではもったいないとこれを運動場の周りの方にその水を引いてきてそして町の方にお願いして運動場整備と一緒にこの運動場の周囲に「せせらぎ」という名前で作ってメダカを放流いたしました。今は水草、そしてメダカ・アメンボ・その他ということで子供達が非常に喜んで思い思いの研究をしているところでございます。小学生から老人クラブの皆さんまで一緒になって、伊豆味にある巨木、珍木、喬木、それから残したいところ改善すべき所等、7つの班に分かれまして伊豆味区内をぐるっと回りまして班ごとにここは残したい、これは片づけたいこれは改善したいというふうにいろいろやってきましてですね、周囲にある100年を越すカーブチーのみかんの木だとか、あるいは3名くらいで抱える程の大きな椎の木だとか、周りが5メートルあるようなデイゴの木とかいったようなものを調べてですね、マップ作りに精を出しております。
 それから「あじさい」なんですが、先程申し上げました通り、このあじさいは戦前は伊豆味の農家のどの家庭にも2,3株ほどありましたが、40年ほど前のパインブームで庭先まで皆パインを植えてきましたので、あじさいがなくなっていく状態でありましたが、農家に残っている株をPTA会長さんが見つけてこれから接ぎ穂をいただいてですね、最初に小学校生まで一緒になって2千本の差し苗をいたしました。それからどんどん毎年増やしまして第一回のあじさい祭りには一万本に達したわけなんです。これも又、花の選定をいたしながら、さしめをいたしまして、11月で今年度の分、4千本を植え終わった所なんです。あと2千本くらいは植える苗として残されております。
 これが伊豆味のあじさい祭りに使われた農村公園の一角ですね。こちらのあじさいは、白から淡いブルー、淡いピンクというふうに変わっていきます。この方は、中山間事業の一環でみかんの里総合案内書です。これまではみかん狩りになりますと伊豆味街通りの一角に場所を借りて案内所をつくっておりましたが、最盛期になりますと、渋滞をおこしまして、警察署から注意を受けたりしました。おかげさまで、去った5月に完成いたしまして、今はみかん狩りの案内所を案内しながら、今度はその中で伊豆味特産の品物を直売、あるいは試食かれこれとやってございます。場所は名護から伊豆味街道を通って、これから伊豆味だという頃に右手の方にございますので、どうぞお立ち寄り下さい。口早に、しかも発音もまずいうちに終わってしまいましたが、もし又、あの後でお聞きしたいことがございましたら、どうぞ。ご静聴ありがとうございました。

グリーン・ツーリズムの効果は?

玉 沖:はい、伊野波さん、ありがとうございました。あの農村アメニティ・コンクールでも受賞されておりまして、また重ねておめでとうございます。伊野波さん、一つお聞きかせいただいてよろしいですか。第一部の事業説明会で県の方から事業の説明をいただきました時に、なぜグリーン・ツーリズムか、その効果は?というところで就業機会の拡大や地産地消いわゆる産業創造を前進させるという効果のご説明をいただきましたけど私も伊豆味に行くたんびにお店が増えているんですが、それは明らかにグリーン・ツーリズム効果でしょうか。

伊野波:そうですね、最初は伊豆味街道にみかんの直売所を設けて伊豆味においでになるお客さんと対応しておりました。ところが、グリーン・ツーリズムの取り組みがなされてからは、お客さん個々にウォーキングしながら農家の皆さんとちょこちょこと交流しあるいはまた、何かいただいて帰ったり、こちらでもらったり大変効果がでているような感じがいたします。

玉 沖:はい、ありがとうございます。後ほど改めていろいろお聞かせいただきたいと思います。では、金城さんどうぞよろしくお願いいたします。

パネリスト

きんじょう  せいろう
金城 清郎

地域興しマイスター
(グリーン・ツーリズム)

グリーン・ツーリズムに求められるもの

金 城:皆さん、こんにちは。私、沖縄県のグリーン・ツーリズムのマイスターの第一号でございます。マイスター制度は、かなり全国的に普及されておりますが、日本全国で東京都と京都、それから沖縄3都道府県にマイスターがいないということで、沖縄県はとっても肩身の狭い思いをしておりました。ちょうどそのときに当時の村づくり推進課の方から「金城さん、すまないけどマイスターになってくれんか。」「何の?」と聞いたら、「グリーン・ツーリズムだ。」
 私、「観光学とかそういう専門じゃないし、ずっと37年間農業試験場で食品加工の研究だけをやってましたんで、とてもなれるか、わたしにはマイスターの資格はありません。」ということでご辞退してましたけど、当時の課長とは仲良しだったので、一つやってください。ということで引き受けたわけでございます。
 しかし、私にグリーン・ツーリズムがなかったわけじゃございません。といいますのは、私、農業試験場にいまして沖縄の農業はずっとみておりました。それで、当時20年程前でしょうか。高次元農業ということで 全国的に脚光をあびていたいわゆる農業モデルの場所が北海道と大分県にございまして大分県の大山町っていう所が高次元農業というのを提供しておりまして、それで農業は生産、販売、加工、この3つを含めて、はじめて農業は成立するということが大山町のいわゆる農業ビジョンでありまして、全国の場所長会議で大山町の部長が、講演してます。最初は大山町の部長とは知らず、聞いてまして、「あー、この人は大企業の企画開発関係の人かな」と思って聞いてたんですけど、すごい発想を持って展開しておられる。でそれが農協の部長だと聞いた時にびっくりしました。懇親会の中で「ぜひあんたの町に連れてってくれ」ということで全国の場所長会議終わったら大山町を訪ねました。
 そうしますと、そこでは生産の基盤、『梅栗作ってハワイに行こう』ということで生産の基盤がちゃんとしていました。それから販売は独自の販売網を持っている。加工は梅加工とパンとか加工業もあって福岡からそういうものをパンなんかもわざわざ買いに来るということです。私が加工を専門にやっていて農業は生産・販売・加工この3つが充実した時に本当の意味での農業の振興はありうるということを常々考えておりましたんで、大山町を見たときにさすがこれが本物の農業と思って3回訪ねていきました。
 その町は宿泊施設がないんですね。ステイさせてくれといえば全部農協の職員のお家にステイさせてくれる。そこで農協の職員のお家にステイさせてもらいましたら、
奥さんがシメジタケを栽培していて、ご主人の給与よりも奥さんのシメジタケの収入の方が多いということをききまして、最近の形態でいろんな野菜だとかシメジタケだとか梅とかいろんな農産物が農協の方にいっぱい入ってくるんですね。それを見てそして農家と話をしてましたら、だいたい当時ですね、2千万から4千万粗所得農家がいっぱいいるんです。だけど、私なにかこの人達みてると確かに農業っていうのは金になって、そして一生懸命働いて、本当に奥さんまで夜も夜中もシメジを作って温度管理して、だけど何か足りないと思いました。
 そのときにやはり農村の中がそういう生産・販売・加工、いわゆる経済優先的なものがあまりにも突出してしまって、とても大山町で私みたいなずぼらなやつが癒されることがなかったんですね。 激励されるばっかりで何か尻をたたかれているような感じでした。そこで私はこの村に何かが足りないと思いました。20年前に。それがグリーン・ツーリズムだっていうことをそのとき提唱しました。役場の職員にも、あなた達なんか働き過ぎではないか。そこにグリーン・ツーリズムをもう一つ高次元の中に入れたらどうだろう。でも反対だということです。
 大分を含めてグリーン・ツーリズムが東北と九州は盛んですけど大山町だけ九州の中でグリーン・ツーリズムが入ってない。いわゆるグリーン・ツーリズムが大山町で定着しえない何ものかがある。これは青年達からもう金はいい「ゆとり」と「癒し」こういうものがあってほしい。という声が今でているんですね。私ある本を読んでいまして、今グリーン・ツーリズムが農林省含め農業の活性化又、農業の一環としてとらえております。
 それは正しいと思います。私もグリーン・ツーリズムは農業の一環だと思います。だけど誰もグリーン・ツーリズムの哲学をいう人はいなかったんですね。山形県の“星 寛治”さんという人がこの人は25年位前から有機農法をやられて、りんご、お米、野菜、果実、果物などを作っておられて高校を卒業してすぐ農業をやる。今では有機農業といいますか、自足型農業が完成したということで、東京農業大学の客員教授になられております。その人の「農から明日を読む」という本を読んでいましたら、こういうことを書いておりました。“農作物の実りは神からの慈愛である”それを食する万物は感謝の念をいただき、農のある空間はおのずと癒しの場であり、したがってグリーン・ツーリズムは時代が要求しているものだ”
 まさに農村が、私達が忘れてしまったもののような感じがします。戦前、私が幼小の頃は農家、農村で育ってますので、そこでお父さん、お母さん、おじいさん、おばあさんが話していたのは、収穫に対する感謝、神への感謝、それから慈愛、人に与える 。そういうことが農業だったんですね。
 いつのまにか農業が市場経済に組み込まれて、いわゆる経済優先で、その農業本来がもっています、慈愛、癒し、そういう空間をなくしつつある。
 だけど農業をやっている所は必ずそういう癒しの場である。それが醸成されて、だからグリーン・ツーリズムは今、日本が大変な時代に入ってきているんです。だからこそ、日本人の心のふるさと、心の癒しの場として、農村そして農、これが大事。
 絶対、日本人はそういうのを求めてグリーン・ツーリズムが農村に定着する。はじめてグリーン・ツーリズムのそういう哲学をみたような気がいたしました。

知られていないツーリズム資源の発掘を

金 城:さて、私、具志頭村の嘱託しています。まあ、こちらに見えますけど上原さんというすごい方と一緒にやらせてもらってます。
 昨年、2千、やがて3千万近くの予算ですが、さっきの事業説明の中の一つで14番目の体験滞在交流事業というのをいただきました。そのときに事業がGOになったのが後半の10月から11月、12月この辺から事業のスタートでした。
 同僚の上原さんとどうしようかということでいろいろ思案していましたところまず、具志頭村でいもほり体験をしている人がいるよということでその人を訪ねていくと「いや、私だけじゃないよ。4,5件はあるよ」ということになりました。それから乳搾りを無料でやっている方がいるんですね。ほとんどの牛乳、酪農家は乳搾りを嫌がりますけど、率先して無料でずっとやっていたんですね。いもほり等は20年間もやっていたそれを村当局は知らなかった。そういうことで4、5人が20、30年のいもほりをやっておられた。それから、老人クラブは黒糖作りもやっていた。ということで、農業のいわゆる現場では役所とか皆が知らないところでそういうことがやられてるんです。ですから皆さんの市町村においてもどこかで何かが必ずやられております。それを登録してみること、まずそれがグリーン・ツーリズムに入っていく一番の近道です。
 それと同時に具志頭村にはこの海岸線に砂浜がありまして、開発は全然されてない。砂浜にぶりっていますけど、いわゆる岩のぶりですね。皆さんご存じでしょうか。そのぶりを登るスポーツがあるんですね。それを「ボルダリング」っていうんです。それは何年か前から具志頭村でやっているということは皆さんちょこちょこ知っていた。
 だけど、どういうものかと見に行く人はいない。
 しかし、やっている人たちは日本で最高の場所だということを言っています。日本本土では「ボルダリング」をちっちゃないわゆる山登り、岩登りと考えればよろしいですけど、その「ボルダリング」をやるためには大きな山に行って、しかもそこで落ちたら死んじゃうとかで、かなり時間をかけて山へ行きそこの山の中で岩に登る。しかし、具志頭村ならば太平洋の波のすぐ前で、下は落ちても安全な砂、そこにぶりがいっぱいある。それでボルダリングを私達その事業の方でひきあげようじゃないか。いうことで話し合って、皆さん遠慮しながらやっていましたが、これを農村事情で引き上げました。
 そうしますとこれは世界に冠たる場所だということがわかりました。ですから、将来世界大会も視野に入れ、今年は日本大会をやりましたけど、今後、世界的展開もやりたいと考えています。
 それから具志頭村の東南東の海岸の壁があるんですけど、かなり高いです。それで夏になりますと海から風が吹いてくる、パラグライダーに最高の場所だ。しかもそこから飛ぶと海岸線をずーっと糸満まで飛んで行ったり、知念の海岸線まで飛んでいける、とっても立地がいいということでその人達も遠慮しながらやってましたけど私達はそれをくみあげて村のスポーツの一つという意味で位置付けて励ましたら大変喜びまして、その協会もちゃんと我々のメニューの中にいれてあります。
 それから本土の老人をまず入れようじゃないかということで、具志頭村は姉妹都市である山梨の中富町というところの町長にお願いして、皆さんのお年寄り十何人か寒いときに具志頭村によこしてくれませんか。ということで具志頭村で、地元の老人とホームステイさせながら交流させました。これがものずごくうけまして、私はそれが今まで老人のケアとか老人の憩いとか例えば北部とかですね。恩納村とかやっていましたけど南部の方でも十分いけるというふうに考えました。
 いわゆるまず自分のもっている資源と言いますか、それを大事にしながらやっているものをまず探してみるということから始められると肩幅張らずにすぐできます。どうぞ、そういうものを発見することから行ってください。

玉 沖:ありがとうございました。金城さんには事前にこれから初めて取り組む地域の皆さんへのメッセージ・アドバイスもあわせてお願いしますとお願いしておりまして、ご紹介頂きました。

行政に求めるツーリズムは?

玉 沖:今、金城さんのお話の中でも大分県大山町の高次元農業のお話、それから山形県のたかはた共生塾のお話ですとか事例を随分ご紹介頂きましたけど、実は日本のグリーン・ツーリズム、きっかけは平成4年のガットウルグアイランド対策、通称URですが、あの中に盛り込まれたことからそれを地域が受けて早いところでは10年前からグリーン・ツーリズムといって進めてこられたように思います。例えば北海道ずいぶん進んでおられます。北海道はもう昨年度インストラクターの皆さんの認証制度を作るところまでいたっておられます。それから東北、津嘉山さんの先輩にあたられるようなとても名物農家民宿もたくさんたくさんあります。そして次の胎動は九州ですね。九州もいろんな事例があります。九州は自分たちで自分たちのグリーン・ツーリズムを考えようと、学ぶところからスタートされた地域が非常に多いのが私は個人的に印象でした。さて、沖縄県これからグリーン・ツーリズムを取り組んで作っていく所ですけれども、そういった先進地の北海道や東北や九州に遊びに行こうと思う方と同じ方が誘客、お客さんのターゲットになります。北海道や東北、九州と同じことをやっていては沖縄県にこれから、楽しいと遊びにきてくださる方を迎えることはできません。そこで沖縄県はこんなグリーン・ツーリズムであればいいのになぁ、と言うこととそれらを実現しようとしましたら地域や行政はどんなことを実践者の皆さんに、地域や行政の皆さんにはどんなことをぜひ、お勧めいただきたいのかということを一言ずつお聞かせ頂きたいと思います。では、津嘉山さんから沖縄県が目指すグリーン・ツーリズムとあと地域や行政に望むこと、目指すことについて是非、お聞かせいただきたいと思います。

特産品の調理体験施設の設置

津嘉山:まず、行政にお願いしたいのは私達、製糖期の他は時間が多いです。あいてる時間が多いですね。グリーン・ツーリズムの場で、もっともっと働く場所があればいいなぁと思ったりしています。それは長期滞在のお客さんが大変多くて、3ヶ月滞在される方もいらっしゃいまして、野菜を植えて収穫時までいらっしゃるんですね。そこにもし野菜を自分たちで調理をしていただく場所があるとまたとてもすばらしいなとこう思っています。そして今、高校生は郷土料理の研究ですが体験という方達がいっぱいいらっしゃるんですね。といった方達の受け入れも必要じゃないかなと思っています。場所があるならば年寄り達がもっている技術をいかして、そこで子供達に、生徒達におしえていける場所できるんじゃないかなと思っています。昔のお料理、郷土料理、例えば海水で作る豆腐づくり、私は大きなカマを準備してまきで炊く。海水を使ったゆし豆腐作りを子供達とまた一緒にやってみたいなとも思っています。というのは夏休みになると我が家に子供達が来るんですけども、小さなキッチンでやるもんですから、本当にそういう施設があるともっといいなとこう思っております。そして、農業体験、さとうきびの収穫を体験したい方、マンゴー収穫の体験をしたい方、タバコの収穫を体験をしたい方がいっぱいあって、私、一度役場に伺ったことがあるんですけども、そういった受け皿を役場の方にしていただけるともっといいんじゃないかなと思ったりしています。
 私達はもっとグリーンツーリズムの場所が広がることによって仕事も経済的にも農業の合い間を利用して、ゆとりができていくんじゃないかなと思ったりしています。学ぶ場所はとても私大切だな思ったのはこの間、生活研究会の研修がありましてスローフードという言葉を勉強してきました。
 私はその看板を立てようと考えておりました。そうしましたら、お客さんがいらっしゃいまして、「スローフードってすごいよな」と言ったときに「あー良かった。勉強していて良かった。」と思いました。勉強していなかったらお客さんに答えをだすこともできなかっただろうなともっともっと勉強の場を与えて欲しいという気もします。そして今、金城先生の話を聞かせてもらったんですけど、もっともっとわからない北海道とかいろんな所にグリーン・ツーリズムをやっている方がいらっしゃると思いますので、そう
いうところもじかに見て体験してみたいとも思っています。ありがとうございました。

玉 沖:ありがとうございました。あのよく私もいろんな所でこういう質問をさせていただきますといろんな要望がでてくるんですけれども津嘉山さんのお話は是非学ぶ場を自らも努力するので、というあたりを強調してお話してくださった点がとても気持ちよくて本当に津嘉山さんありがとうございました。伊野波さんお願いいたします。

駐車場やトイレの整備

伊野波:伊豆味は自然が豊かで水清らかで大変ウォーキングに適した地域だと思っております。そこで先程申し上げましたが、ウォーキングコースがある。これは年に一回のウォーキングなんですが、今は家族やそのグループで思い思いに往復なさる方がたくさんございます。
 それと同時に今、あじさいの方も15,000本近く植え付けしておりますが、将来は10万本植え付けして10万人のお客さんを伊豆味に来てもらおうと考えています。そういうふうにいたしますと、まずは、駐車場が足りないと、それにウォーキングする時のコースにおトイレが必要である、そこらへんを是非行政の方で力をかしていただきたいとかように思います。それから伊豆味はみかん狩りから始まって、これがグリーン・ツーリズムだということから取り組んで参りましたが、伊豆味はこのみかん、それからパイン、それから琉球藍、そういったものの発祥の地だというふうなことをいわれております。40年以前は沖縄本島で第一号のパイン工場を造って年間約7、8百名の女工さんが働いて本部町の活性化にも多いにつながったし、それからこのパイン自由化の声が聞こえると今度はパイン畑の中にみかんを植えて、現在のようにやっています。
 今度は、桜からツツジ、あじさいそして、サンダンカ等といろいろ年中花を見ることの出来る伊豆味にしたい。東村のつつじ祭りが完全に軌道に乗っておりますが、絶対に向こうに負けないでおこうじゃないかという合言葉とそれから、村づくりをするのにはそこに4・5名位の変わり者ですな、すなわち馬鹿者が、必要じゃないかと、その人達で引っ張って行こう、あるいはボランティアで進んでいこう。そうしていくと次々、次々皆さんが見えられる。伊豆味の場合最初はそうでした。
 あじさいを植え付け始めた時にも、何があじさいか、何をするつもりかなと言ってましたが、やってみたらこれにこしたことはないと、次は行政の方、町・普及所の皆さんの指導を受けてどんどんと進めて参りました。そうすると今度は、グリーン・ツーリズムそのものが受ける側と(私達の農家の方は受ける側と思いますんで、)した時に、もういっぺんここに行ってみたい、もういっぺん見たい、あるいは取って味をしたいという気持ちを絶対にお客さんに植え付けなきゃいけないと。
 いらっしゃい、いらっしゃいと言ったって、行ってみたら、何もなかった。次から行きたくない、もう行ったと、いうようなことではいけない。
 もういっぺん行ってみたい気持ちを、みんなに抱かせるにはどうした方がいいか、というのが、又地域、地域での話の中に出てくわけなんです。
 できましたら、滞在型ですね、来てみかんをあるいはあじさいをオーナー制にしてこれは自分のあじさいだと、僕の私のあじさい、むこうにあるから今どのくらい花が咲いたか、あるいは、今どういう風に管理されているのか行ってみようじゃないかという方法で、やっていけるようにと考えております。

玉 沖:はい、伊野波さん、ありがとうございます。先程、駐車場とトイレの整備のお話いただきましたけれども、これは日本全国の課題です。有名な大きな大観光地でもいつもこの駐車場とお手洗いの整備の件は話題になっております。そんな大きな大観光地に比べて、伊豆味区だとなおのこと大きな問題だと思いながら、お聞かせいただきました。ありがとうございました。金城さんお願いいたします。

金 城:沖縄のグリーン・ツーリズムはどうあるべきかということについて私の考えですが、私ヨーロッパはほとんど回って参りました。それから、日本国内もほとんど回ってます。
 共通していることは、冬型と夏型の両方に分かれていますね。しかし、沖縄の場合は、四季を通じてツーリズムができるということ、いわゆる亜熱帯の地域特性といいますか。夏は夏型、冬は冬型同一場所で、例えば具志頭で夏も冬も出来るという、同じ所で両方できる所は世界探してもそうございません。
 いわゆる沖縄は四季を通じて、グリーン・ツーリズムが出来る。その為にはグリーン・ツーリズムだけでじゃなく、ブルー・ツーリズムそれから、エコツーリズムそれからカルチャーといいますか、沖縄の文化は独特な文化を持っていますので、そういうものが有機的に連携されていかなければ、いけないだろうと考えています。
 というのは、自分の地域にあったツーリズムを考えてそういうものを合体させるということが、重要だと思います。それから市町村を見ましても芸術に関して、あまり関心を示さない。グリーン・ツーリズムの中で、絵画とか音楽の話をするとみんなそっぽを向けるんです。
 こういうものは本土の町にいきますと重視していますので、文化の中で、絵画とか音楽とか近代的なそういうものをいれて欲しいと思います。
 私、沖縄県にお願いしたいのは、農林水産部もということになりますが、グリーン・ツーリズムの協会を創っていただきたい。ホームステイだとか民宿だとかいろんなものを作る時に、そういう後ろ盾になる大きな組織が、絶対、今、沖縄では不足しています。
 私、島尻グリーン・ツーリズム研究会の会長をしてます。そういう端的なものではなくて、それを網羅するものを県で協会という形で創って、その配下の各市町村にツーリズムの研究会がある、勉強会があるのがいいんじゃないかと思います。
 グリーン・ツーリズムはメンタルな部分、やることによって喜び、やられることによって癒されるそういう癒しと喜びのキャッチアップなんですね。ですからやっている人はみんな楽しいんです。やられる人も楽しいんです。
 そういうことを自治体が実践者を評価してあげて、そして来訪者に対しては返してあげるということをまず心すべきだと思います。
 もう一つ、自治体は、予算でケアしてあげるのも重要ですけど、担当者が現場に入り込んで、担当者はサービス業だと思わないととてもじゃないけど、役所のテーブルで座ってですねグリーン・ツーリズムは出来ません。いわゆる農家の中、農家の家へ行って、価格の交渉だとか計画の交渉、そういうものをやって足で稼いで、公務員の考えでは絶対出来ません。いわゆる商売人です。いわゆる観光業者です。そういう感覚がないとグリーン・ツーリズムを定着させることは出来ないと思います。是非担当者が、サービス業だということで、村民のやってる皆さんとやらせたい皆さんと直談判しながら膝を交えて、お家に行って話すと出来ないことでも全部解決出来るんです。このように、私達はやってきました。
 こうしたことがとても重要ですので、まずグリーン・ツーリズムの中にカルチャーとかブルーとかエコとかそういうものもひっくるめてやらないと農業だけでは、偏ったものになってしまいます。
 南部ですと戦争体験だとかそういうものもございますし、自分の地域にはいろいろありますので、それを掘り起こしていくプランナー、そしてそれを計画している計画者そういうものを各市町村がもっと大事に育てなければいけないんじゃないかという気がします。そういう意味で、役場でプランニングしたり、それを実践する人達が少ないような気がいたします。それは県も自治体も含めてそういう人間を育てていくということを考えていただきたいと思います。

玉 沖:はい、ありがとうございます。さすが、行政マンのご経験と今、実践者でもあられて、そしていろんなご指導もされているということで、多面的なアドバイスを頂きました。
 もしかしたら、耳の痛い思いだったのかもしれませんけれども是非今後に活かしていって頂きたいと思います。ではここで少し10分間程でご質問頂きたいと思います。質問というとなかなか手が挙がりにくいのが、いつもシンポジウムの常なんですけれども、案外つまらないかもしれないなと思っておられてもいろんな方に参考になるお話が多くお答えできるのがこの質問コーナーですので、是非々々皆さんどんどんご質問頂きたいと思います。ご質問どなたかございませんでしょうか。はい、お願いいたします。

ありのままの自分

質問者A:津嘉山さんにお聞きしたいんですけど、農家民宿を経営しているということで、例えばお話を伺ってリピーターなりですね、触れ合いなりお話をするのが楽しみで、伺うということで、個人的な質といいますか、例えば、話しが上手だとか笑顔がすてきだとかこの経営する方の個人的な質に関わる部分もいろいろあると思うんですけどそこらへんで、以外と経験なりをしてですね努力したことなり、あと失敗といいますか反省したことなり気づいたことなり、あと勉強したことなり、お伺いしたいんですけどお願いします。

玉 沖:じゃ、座ってお答えさせて頂いてもよろしいですか。津嘉山さんどうぞおかけになって下さい。

津嘉山:ありのままの自分でいいんじゃないかと思っております。失敗したことは、私「津嘉山荘」をよく知っているお話で「おばちゃんむこうには何があるよね」と、とってもリピーターのようなお話でいらっしゃったものですから、でも私その人に記憶がなくてどうしたらいいかなと思って、3泊でしたので2日目に「でも大きくなりましたよね」と精一杯言って、どう言っていいか分からないので、「いえ、実はおばちゃんがいない時に来たんです」ということで。ひゃーそれを早く教えてくれればいいのになと半分思ったんですけど、失敗を繰り返しながらの8年間なんですね。
 別にこうしようとかあんまり考えなくて、私ストレートですから、恥をかいたりの毎日です。ただ、とても楽しいということだけは本当に実感しています。体験民宿ってこんなに楽しいのよと言いましたら、みんなお友達が、それぞれ今まで子供部屋でしたところを改造して民宿に替えていくというような方向にいっているものも見られます。

玉 沖:よろしいですか。あの私の言葉で付け加えさせて頂きますと、実は私も津嘉山さんにすっぽかされたんです。ねー津嘉山さん。離島フェアでばったりお会いしまして、「津嘉山さん」とお声掛けさせていただきましたら、「ひゃーごめん」と満面の笑みで謝ってくれました。もうそれで、逆にお会いできて良かったなと思う程すっきりうれしく楽しい気分にさせて頂いたことがあります。
 あと農家民宿をやってらっしゃって、もう日本全国成功されている方程楽しいとおっしゃっている方、もう共通してそうおっしゃいますね。あと、人と話すのが、好きとおっしゃっている方も非常に多いです。なので人と話すのが好きで、やっておられて楽しいということがもしかしたら成功のキーワードかもしれませんね。
 はい、では他にもまだおありでしたら、まだお時間ありますのでいかがでしょうか。いかがですか、はい、お願いいたします。

質問者B:津嘉山さん、対象者のお客さんですね、本土の方が多いのか、本土でもどの地域が多いのかですね、沖縄県の県内はどちらからいらっしゃっているのか、そこらへんよろしくお願いしたいんですが。

津嘉山:本土の方が多いです。県内は中部の方が多いです。今は、グリーン・ツーリズムの視察に地元の役場の方からもいらっしゃいます。私はやるきっかけの一つは大人3人の生活でしたので、お話をもっと、家が明るくなればということで始めたんです。
 けどそれは本当に当たりました。いろんな年代がきます。東京と大阪の方が、直行便のせいか多いです。まるで息子や娘が全国にいるということがとても心強くて、大学生から「おばちゃん、試験が始まるからおばちゃんのパワーを送って」と電話がくる。「よしわかった」と大きなおにぎりを3個作りまして、宅急便で送るんですね。「いやーおばちゃんのパワーはきいた」と、これが普段の民宿経営のやり方です。

玉 沖:はい、ありがとうございます。時間も迫ってきましたので、もう一つ、もう一方いかがでしょうか。はいお願いいたします。

システム作りと人材作り

質問者C:南部農業改良普及センターの島袋と申します。津嘉山さんも伊野波さんも私はよく存じておりまして、津嘉山さんもお友達なんですけれども、彼女がおっしゃってました女性達が起業したいとか民宿をしたいという時に私どもも支援しておりまして、保健所の規制がとても厳しいとかいうのがありましてね、大分の知事がですね、何か新聞に載っていましたが、民宿を気軽に出来るように保健所とかいろんな事で改良したというのがあったんですよね。大分の知事は農家1件1件を回って現地を確認しながら、村づくりをしてらっしゃるということで有名なんですけれども、やっぱり生の声を聞いてですね、そのへんまで改善して下さるのかなと感動したことがあるんですね。
 ですから、そのへんも私達行政の横の連携とか農家の皆さんが気軽に出来るような起業でも民宿でもですね、システム作りが大事かなっていうのがあります。
 あと1つは、津嘉山さんが学習の場が欲しいということをおっしゃってましたけど、彼女はたまたますごい運が良くてオーストラリアまで行かれましたよね。農林省の研修で。それがもちろん本人の性格もすごい民宿に合ってらっしゃるんですけれども、そういった所を見てきたっていうのも、大きな自信につながっていらっしゃると思います。
 私はよく、南部の市町村で起業をしたいけれども、なかなか踏み切れない農家や市町村の方々に対して、一緒に本土あたりを、(婦人だけをやるんじゃなくて)視察に是非行って下さいということで、よくお願いをしてるんです。そうしましたらそういう市町村が増えまして、そしてやっぱり同じ施設にしましてもですね、男性の見る目と女性の立場で見るものというのは、やっぱり違うと思うんですよ。ですから、そういう視察・学習の場でも一緒になっていける場所というんですかね、それらが、先程のツーリズムの協議会創りともつながるかと思うんですけれども、そうした継続的な学習とか、勉強会という機会というのかな、そういうのが少ないんじゃないかという気がします。
 行った方々はですね、確実にそれを自信に持って活動していらっしゃるんですよ。ですからもっと人材育成ってところにもっともっと、まぁ施設をいくら作ってもやっぱりそこを守っていくっていうんですか、運営していく人材が必要。育成も必要なんじゃないかなということをすごく感じますので、そのへんを一緒になって勉強したりやっていきたいなと思います。

玉 沖:いいご提案とご意見をどうもありがとうございました。では、時間が実は超過しておりまして、まだまだ皆さんにご質問やご意見を頂きたいところなんですけれども、ここですいませんあと数分超過させて頂きたいと思います。お許し下さいませ。パネラーの皆さんにもう2・3分程度の時間しかないんですけど、一言ずつ頂いて終了
させて頂きたいと思います。
 まだ私も実は個人的に、実は伊野波さんの計画作りというのはどうやって立ち上げていかれたのかなとかマイスターの金城さんに手伝って下さいというご連絡したら気軽に来て頂けるのかなとか個人的にもお尋ねしたいことがたくさんあるんですけれども、この後のお時間を利用して頂いて、もしご質問がある方はその時にいろいろお聞き頂ければと思います。ではパネラーの皆さん最後に2・3分で一言ずつお願いいたします。

津嘉山:どうぞ宮古はとってもいいとこです。是非津嘉山荘にいらっしゃって下さい。ありがとうございました。

玉 沖:ありがとうございました。伊野波さん、お願いいたします。

伊野波:説明が不足だったと思うんですが、これからも村づくり、そしてグリーン・ツーリズムにうんと力を入れてやっていきたいと思います。どうぞご指導よろしくお願いいたします。今日はありがとうございました。

玉 沖:はい、ありがとうございました。金城さんお願いいたします。

金 城:今年の3月に秋田県立大学の山崎先生をお呼びして、具志頭に1週間滞在してもらいました。
 先生いわく沖縄のグリーン・ツーリズムは10年遅れているということをおっしゃっておられました。私は違うと思います。決して、遅れてないんです。どっかあっちこっちでやっているんです。
 ただそれがですね、組織化されていないだけの話なんです。沖縄の人は、とっても組織化するというのが下手なんですね。組織化することによって、いろんなものがまとまってくるということ。
 だから10年グリーン・ツーリズムが遅れているんじゃなくて、組織が遅れているんです。実際現場では、こういうことをやっています。魚釣りもやっています。船釣りもやっています。海もやっています。戦争体験もやっています。音楽も絵画もやっています。そういうものを拾い上げる組織が遅れていると私は思います。
 これは、県の責任なのかそれとも各市町村の責任なのか又は、お互いの責任なのか分かりませんがとにかく組織化が遅れている。そして、10年遅れてない。私は反論しております。どうも。

玉 沖:ありがとうございました。はい、では最後に私の方から、まとめというと偉そうに聞こえてしまうんですけど、しめくくりの一言をお話させて頂きたいと思います。

沖縄型ツーリズムの仕組み作りを

玉 沖:今日は、私も3人の皆さんからいろんないいキーワードを頂きました。個人的にも勉強になったと非常に喜んでおります。最後に金城さんもおっしゃっておりましたけど、組織を作るというお話ですが、私は沖縄に来てからは、ちゃんと沖縄にいるように一カ所に住めるようになったんですけど、それまでは本当に参加者紹介の方に180日出張と書いて頂いておりましたように、くる直前は1年の三分の二はずっとウロウロと出張しておりまして、一つの地域に年間40日、50日と入って、皆さんと一緒に頑張っていろんなもの作りながら拝見してきた中で、やっぱりうまくいく所と成功する所って何となく共通項がいつもあったように思います。
 それを少しご紹介させていただきますと、金城さんもおっしゃったように実践をされている方は、個々の皆さん頑張ってらっしゃるんですけれども、地域・市町村なのか県なのかは別として、一つの地域の中で仕組をつくっていくということ、非常に皆さん苦手でした。私も自分がもし一実践者であれば非常にそれは苦手だったと思います。どこの市町村という単位でお話させて頂きますと、どこの市町村も仕組化するということシステムをつくるということ日本全国非常に苦手なようでいらっしゃいます。
 秋田の山崎先生は私もよく存じているんですけれども、遅れているんではなくて逆にいろんな地域の成功と失敗を頂いて、是非沖縄は沖縄型グリーン・ツーリズムで、いい仕組つくりで先進地に踊り出ていきたいなと一県民として感じました。
 そして最後にもう一つ、今日地域としては伊豆味区と宮古の実践者の農家民宿の経営者でいられる津嘉山さんに来ていただいておりますけど、成功されている所って必ず1歩先を見ていらっしゃるか、いいなと思ったことをどんどん行動に移していかれてるんですね。
 津嘉山さんはどんどん行動に移していいことを取り入れてらっしゃる。先程のスローフードのお話もそうでしたね。伊豆味区はいつも1歩先を見てらっしゃる。あじさいがそうですね。その優良事例の代表者の方々に今日ご登場いただいたような気がいたしました。
 そこで、少し他府県のちょっと先をみてこんなことをやっていますという事例を2つご紹介させて頂きます。沖縄はお陰様で過疎にそう悩まず全県的には人口は増えておりますが、本土では人口がひじょうに減っていてどんどん過疎化している農村が非常に多いんです。そこで、どの人口が足りないのかなと分析していかれるとやっぱりお嫁さんが足りないということに行き着くんですね。
 実は花嫁対策事業、今非常にいろんな県で取り組まれて進んでおられます。確か今年度の農業白書でも取り上げられていたと思います。私達も実はリクルートとして、非常にお受けさせて頂いてるんですけれども、10年前はその女性の方達を農業研修生として受け入れるんですが、その募集をするときに花嫁対策うんぬんという言葉を使うと絶対応募者がなかったんです。今やどんどんいらっしゃいます。他県では農業研修生ですとか農業青年達が我が村のグリーン・ツーリズムを案内しますということで仲良くなられて成功に結びついていくという事業を非常に取り組まれています。
 私も最初は、すごく抵抗があったんですけど、それで幸せな人がたくさんいらっしゃるのでいいかなと思っております。こうした例もございます。
 もう1つの例といたしましては、グリーン・ツーリズムの発展型で、お迎えして楽しんで頂いて、その分地域にも何かメリットがありますよということで始まったんですが、長野県の飯田市では農業の収穫の繁忙期、加工する繁忙期に都市の人・都会の人を招いてグリーン・ツーリズムで農作業をして頂く。それは津嘉山さんの所でも取り組みと少し似ておりますが、完全に働いて頂くんです。
 例えば、干し柿を作るために柿をむく。完全にそれは製品として市場に出ていくものですけれども、その柿をむく作業を手伝って頂いて、何とこれが金銭的には無報償なんです。そのかわり農家で作ってらっしゃるお米やお味噌やリンゴを報酬にお渡しする。それで、自分の家にも泊まって頂くということで、当初取り組んでおられる農家は10件程度だったんのが、今では200件にものぼっているということで視察が殺到しております。
 これもたしか今年の農業白書に取り上げられていたと思うんですけれども。こういったことも私達と一緒に作って、一緒に作って作り上げてこさして頂いたんですけど、もし事例や情報が必要であればインターネットでも今簡単に出て参りますが、またいつでも事務局の皆さんや私どもの方にお尋ね頂ければと思います。
 
 ではこれをもちまして、シンポジウムを終了させて頂きたいと思います。ではパネラーの3人の皆さんに温かい拍手をお願いします。皆さんどうもお疲れさまでした。ありがとうございました。






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