沖縄県病害虫防除技術センター
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ミカンコミバエ侵入防止事業

ミカンコミバエの根絶計画


ミカンコミバエ根絶の経過

 ミカンコミバエは大正8年(1919年)に沖縄群島の嘉手納で確認され、当時すでに県全域に発生していたものと考えられています。
 大正11年(1922年)、柑橘(カンキツ)等の県外出荷が禁止され、また、みかん類・熱帯果実等の被害が多発し、果樹振興の大きな阻害要因となりました。
 昭和47年(1972年)年の本土復帰と同時に、ミカンコミバエ根絶防除事業がスタートしました。
 この根絶防除事業は、県全域を沖縄群島と宮古・八重山群島の2地域に分け、「誘殺テックス板による雄除去法」を用いて実施しました。
 沖縄群島においては、昭和52年度(1977年度)から防除を実施した結果、昭和57年(1982年)8月に根絶が確認され、沖縄群島はミカンコミバエ発生地域指定が解除されました。
 沖縄群島でのミカンコミバエ根絶を踏まえ、昭和57年度(1982年度)から宮古・八重山群島における根絶防除を開始しました。
 その結果、宮古群島では昭和59年(1984年)11月、八重山群島では昭和61年(1986年)2月に根絶が確認され、八重山群島の根絶をもって沖縄県全域のミカンコミバエ発生地域の指定が解除されました。

ミカンコミバエの分布域の拡大と防除