平和の礎


「平和の礎」イメージ(6月23日の朝陽を浴びて)


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「平和の礎」建設の趣旨

 沖縄県の歴史と風土の中で培われた「平和のこころ」を広く内外にのべ伝え、世界の恒久平和の確立に寄与することを願い、国籍及び軍人、非軍人を問わず、沖縄戦などで亡くなったすべての人々の氏名を刻んだ記念碑「平和の礎(いしじ)」を建設する。

「平和の礎」建設の基本理念 

戦没者の追悼と平和祈念  
去る沖縄戦で亡くなった国内外の20万余のすべての人々に追悼の意を表し、御霊を慰めるとともに、今日、平和を享受できる幸せと平和の尊さを再確認し、世界の恒久平和を祈念する。

戦争体験の教訓の継承  
沖縄は第2次世界大戦において、国内で唯一の地上戦の場となり、多くの尊い人命、財産を失った。このような過去の悲惨な戦争体験を風化させることなく、その教訓を後世に正しく継承していく。

安らぎと学びの場  
戦没者の氏名を刻銘した記念碑のみの建設にとどめず、造形物を配して芸術性を付与し、訪れる者に平和の尊さを感じさせ、安らぎと憩いをもたらす場とする。 また、子供たちに平和について関心を抱かせるような平和学習の場としての形成を目指す。


「平和の礎」のデザイン

「平和の礎」完成予想図(144KB)

  1. 設置場所
     沖縄県糸満市摩文仁平和祈念公園内
  2. 敷地面積
     17,900平方メートル
  3. デザインコンセプト
     平和の波 永遠なれ

  4. 施設の概要  
    • 刻銘碑
        花崗岩(本磨き仕上げ)張り
        5つ折りタイプ 68基
        3つ折りタイプ 46基
        刻銘可能数 約25万名  
    • 平和の広場
        中央に平和の火を灯す。  
    • 無人案内所
       刻銘戦没者の検索システムを設置。
    • 植栽 モモタマナ(クファデーサー)277本


「平和の礎」の刻銘について

  1. 刻銘対象者の該当条件

     国籍を問わず、沖縄で亡くなったすべての人々とする。この場合、沖縄戦の期間は、米軍が慶良間諸島に上陸した1945年3月26日から沖縄守備軍が降伏文書に調印した同年9月7日までとする。ただし、本県出身者については、満州事変に始まる15年戦争の期間中に、県内外において戦争が原因で死亡したものを含むものとする。

  2. 刻銘名簿整備の基本方針

    • 沖縄県内の戦没者について
      • ア 沖縄県生活福祉部で保管している名簿(「援護法」の適用対象者や公的に記録のあるもの)及び市町村で独自に把握している名簿を基に整備する。   
      • イ アで整備した名簿に加え、沖縄戦にかかわる全戦没者の調査を実施して、一家全滅者、乳幼児死亡者などのいわゆる不明戦没者の名簿を整備する。  

    • 沖縄県外の戦没者について
      • 各都道府県から提供される名簿を基に整備する。

    • 外国の戦没者について
      • ア 米国の戦没者名簿については、米国政府から提供される名簿を基に整備する。   
      • イ 韓国や北朝鮮などの国については、関係者の協力を得て、厚生省の資料を基に整備する。 

  3. 刻銘方法
    • 戦没者の母国語で表記する。
    • 国別、県別に表記する。ただし、沖縄県は市町村別、字別とする。
    • 表記方法はヨコ書きとし、書体は明朝体とする。

【刻銘名簿整備状況】(平成7年5月8日現在)

「平和の礎」建設事業の経過


「平和の礎」を除幕

米国、大韓民国、台湾、沖縄県の代表児童4人が、県内全市町村から
選ばれた児童53人の見守るなか、平和への誓いを表わす平和の火を
点火した
地元糸満市の西崎、高嶺、両小学校の234人の児童によって礎が除幕
された

 終戦から 50 回目を迎えた 6 月 23 日の「慰霊の日」に、糸満市摩文仁の平和祈念公園内にある「平和の広場」で、建設を進めていた「平和の礎」の除幕式典が行われました。
 「平和の礎」には、国籍や軍人、非軍人を問わず、沖縄戦で戦死した全犠牲者と 1931 年の満州事変以降の県民戦没者を合わせた 234,130 人の氏名が刻まれています。
 会場を埋めた参列者は、戦没者の冥福を祈り、平和への決意を新たにしました。
 除幕式典には、来賓の村山首相をはじめとして、土井たか子衆議院議長、原文兵衛参議院議長、草場良八最高裁判所長官、モンデール駐日米国大使など、招待者、一般参列者など約 5,000 人が参列しました。


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