「万国津梁の鐘」の文字(第1知事応接室の屏風)

≪鐘銘原文≫
≪書き下し文≫
琉球国者南海勝地而
鍾三韓之秀以大明為
輔車以日域為唇齒在
此二中間湧出之蓬莱
島也以舟楫為万国之
津梁異産至宝充満十
方刹地靈人物遠扇和

夏之仁風故吾
王大世主
庚寅慶生尚泰久
承宝位於高天育蒼生
於厚地為興隆三宝報
酬四恩新鋳巨鐘以就
本州中山国王殿前掛
着之定憲章于三代之

後※文武于百王之前
下済三界群生上祝万
歳宝位辱命相国住持
溪隠安潜叟求銘々曰
須弥南畔 世界洪宏
吾王出現 済苦衆生
截流玉象 吼月華鯨

泛溢四海 震梵音声
覚長夜夢 輸感天誠
堯風永扇 舜日益明
六月十九日辛亥
  大工藤原国善
住相国溪隠叟誌之
琉球国は南海の勝地にして
三韓の秀を鍾め、大明を以て輔車(ほしゃ)となし、
日域を以て唇歯
(しんし)となして、
此の二つの中間にありて湧出せる蓬莱
(ほうらい)島なり
舟楫
(しゅうしゅう)を以て万国の津梁(しんりょう)となし、
異産至宝は十方刹
(さつ)に充満し、
地靈人物は遠く和夏の仁風を扇ぐ。

故に吾が王、大世
(おおよ)の主、庚寅(かのえのとら)に慶生す。
尚泰久
(しょうたいきゅう)なり。
(ここ)に、宝位を高天に承(う)け、蒼生(そうせい)を厚地に育む。
三宝を興隆し、四恩に報酬せんがために、
新たに巨鐘を鋳
(い)て、
以て本州中山国王殿の前に就
(つ)け、これを掛着(かいちゃく)す。
憲章を三代の後より定め、


文武を百王の前よりあつめ、
下は三界の群生
(ぐんせい)を済(すく)ひ、上は万歳の宝位を祝ふ。
(かたじ)けなくも、相国の住持
溪隠安潜叟
(けいいんあんせいそう)に命じて、銘を求む。銘に曰く。
須弥
(しゅみ)の南畔、世界洪宏(こうこう)たり。
吾が王出現して、苦しめる衆生
(しゅうせい)を済ふ。
流れを截
(た)つ玉象、月に吼(ほ)ゆる華鯨(かげい)

四海に泛溢
(はんいつ)し、梵音声(ぼんおんじょう)を震はし、
長夜の夢を覚まし、感天の誠を輸
(いた)す。
堯風
(きょうふう)は永く扇ぎ、舜日(しゅんじつ)は益ます明らかなり。
  戊寅
(つちのえとら)のとしの六月十九日辛亥(かのとい)のひ
    大工 藤原国善
住相国溪隠叟、これを誌
(しる)す。
   ※の漢字は、左は口+耳 右は戈

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