沿革

更新日 2016-06-13

沖縄県農業研究センター

沿革

  • 明治14年(1881)
    • 真和志間切古波蔵村楚辺原に農事試験場を明治政府により設立。
  • 明治15年(1882)
    • 八重山に農産試作場を設置。
  • 明治19年(1886)
    • 農産試作場を農作育種場に改称。(八重山)
  • 明治36年(1903)
    • 楚辺から那覇区字久茂地に移転。真和志村字安里に安里農場を設置。
  • 明治41年(1908)
    • 糖業改良事務局(西原我謝)に分蜜糖工場を設置。
  • 明治42年(1909)
    • 県制施工。国費経営の農事試験場を廃止し、地方農事試験場規程に依り県立農事試験場と改称。
  • 明治45年(1912)
    • 県立糖業試験場本場を中頭郡西原村字我謝に設置し、久茂地の県立農事試験場は那覇支場と改める。(西原村字我謝の糖業改良事務局廃止。試験・施設・圃場を引き断いで県立糖業試験場本場を設置する。久茂地の県立農事試験場は県立糖業試験場那覇支場と改称。)
  • 大正2年(1913)
    • 那覇支場を西原本場に合併。
  • 大正3年(1914)
    • 羽地村に県立糖業試験場国頭苗圃が置かれる。中頭・島尻・宮古・八重山にも甘庶苗圃設置。
  • 大正4年(1915)
    • 県立糖業試験場名護試験地を国頭郡名護村字東江に設置。
  • 大正5年(1916)
    • 名護試験場を名護支場と改称し、普通農事の試験を行う。
  • 大正8年(1919)
    • 県立糖業試験場名護支場を分離し、県立農事試験場として独立分離。農商務省から甘藷の人工交配に依る採種事業の委託を受ける。
  • 大正10年(1921)
    • 県立糖業試験場本場(西原)より畜産部を分離して県立種畜場を創立。
  • 大正13年(1924)
    • 県立農事試験場は国頭郡名護町から中頭郡宜野湾村字普天間に移転。(国頭郡名護町の県立農事試験場を中頭郡宜野湾村字普天間に移転する。)
  • 大正15年(1926)
    • 島尻郡小禄村字安次嶺に園芸部及び蚕業部を設置。農林省委託甘藷改良増殖試験地新設。
  • 昭和3年(1928)
    • 県立農事試験場蚕業部(小禄村)を分離して県立蚕業試験場を創設。
  • 昭和6年(1931)
    • 県立糖業試験場と県立農事試験場を合併し、島尻郡真和志村字与儀に県立農事試験場を設置。同時に小緑・西原・普天間の各試験地、国頭支場、宮古苗圃を設置。
  • 昭和15年(1940)
    • 宮古苗圃は宮古試験地となる。
  • 昭和20年(1945)
    • 終戦後、石川市東恩納に農業復興東恩納農園開設。その後東恩納農事試験場と改称。国頭農事試験場を名護町に複活。
  • 昭和21年(1946)
    • 知念農事試験場設置。与儀農事試験場復活と共に知念農事試験場は廃止。
  • 昭和22年(1947)
    • 宮古支庁産業試験場設置。八重山民政府農事試験場を設置。
  • 昭和23年(1948)
    • 宮古支庁産業試験場を宮古民政府産業試験場に改称。
  • 昭和25年(1950)
    • 琉球農林省の発足と共に、与儀・名護・東恩納・宮古・八重山を農業研究指導所と改称。
  • 昭和26年(1951)
    • 各研究指導所を改称。与儀は琉球中央農業研究所、名護は沖縄群島政府農業研究指導所、コザは沖縄群島政府コザ農業研究指導所(東恩納より移転)、宮古は宮古群島政府農業研究指導所、八重山は八重山群島政府農業研究指導所となる。
  • 昭和28年(1953)
    • 農業研究指導所を統合して与儀を中央農業研究指導所とし、他を地方農業研究指導所として名護・コザ・宮古・八重山に置く。
  • 昭和36年(1961)
    • 行政機構改革により中央農業研究指導所は琉球農業試験場と改称し、各地方の指導所は支場と改称。琉球農業試験場は那覇市与儀から首里崎山町に移転。
  • 昭和47年(1972)
    • 沖縄県本土復帰に伴い琉球農業試験場は沖縄県農業試験場と改称。組織も本場は企画管理課・庶作室・種芸室・経営室・化学室・病虫室・園芸室(旧コザ支場)・畑作利用室(旧宮古支場)、名護支場は庶務課・研究室、呉我山試験地となり、八重山支場は庶務課・研究室を置く。
  • 昭和50年(1975)
    • 園芸室は沖縄市(旧コザ市)から具志川市に移転。
  • 昭和53年(1978)
    • 組織改編に伴い本場は5部1課13室、園芸室は園芸支場(1課2室)、畑作利用室は宮古支場(1課2室)と改称。名護支場は1課5室、八重山支場は1課3室となる。
  • 昭和54年(1979)
    • 名護支場は名護市東江から前柵原に移転。
  • 昭和55年(1980)
    • 宮古支場は平良市下里から西里に移転。
  • 昭和58年(1983)
    • 組織改編に伴い本場は5部1課14室(特殊害虫研究室の増)、名護支場は1課6室(熱帯果樹研究室の増)、八重山支場は1課2室(特殊害虫研究の減)となる。
  • 昭和61年(1986)
    • 組織改編に伴い本場化学部土壌肥料研究室を土壌微生物肥料研究室と改称。
  • 昭和62年(1987)
    • 組織改編に伴い本場は5部1課14室(バイオテククノロジー研究室の新設、発生予察研究室を害虫研究室と改称)、名護支場に果樹育種研究室を新設し、果樹研究室と茶業研究室を統合して果樹・茶業研究室となる。園芸支場では園芸育種研究室を新設して1課3室となる。
  • 平成2年(1990)
    • 組織改編に伴い本場は5部1課13室(普通作物研究室の減)とし、園芸支場に根茎作物研究室を新設し1課4研究室となる。宮古支場営農研究室を園芸作物研究室と改称。
  • 平成6年(1994)
    • 組織改編に伴い園芸支場は野菜育種研究室と花き育種研究室を新設、園芸育種研究室を廃止し、1課5研究室となる。
  • 平成17年(2005)
    • 沖縄県試験研究機関の一元化により主幹課が農林水産部営農支援課から企画部科学技術振興課となる。
  • 平成18年(2006)
    • 沖縄県農業試験場は那覇市首里崎山町から糸満市真壁へと移転。「沖縄県農業研究センター」へと改称。うるま市の園芸支場を本所に統合。名護支場を「名護支所」、宮古支場を「宮古島支所」、八重山支場を「石垣支所」へと改称。組織改正に伴い本所は7班、名護支所は3班、宮古島支所は2班、石垣支所は2班へと改組される。
  • 平成22年(2010)
    • 宮古島支所及び石垣支所で班体制からオールスタッフ制へ変更される。
  • 平成24年(2012)